企業ミッション

我が国を言語的ハンディキャップの呪縛から解放する

「国際時代だから、日本人も英語ができなくてはならない」。当り前のように言われ続けられたこの話、実は日本にとって、とんでもないコストと機会損失のハンディキャップを課せられることを意味しています。学術研究にせよ、法務にせよ、金融にせよ、技術にせよ、営業にせよ、それぞれの分野で競争に勝ち抜くには一生ものの大事です。一方でネイティブと真剣勝負で張り合うだけの語学力を身につけるのもそれだけでもう一生ものです。この両方を同時に求められるということは、単純に算数で考えてみると、ある分野で1,000人に1人の優秀な人材がいたとして、ネイティブと対等に張り合える語学力を持つ人が1,000人に1人だとすると、両方を備えるのは百万分の1ということになります。英語を土俵にする限り、ある分野での優秀な人材が、百万人の中に1000人いたとしても、うち999人は英語力の問題で国際競争の舞台でハンディを負うということなのです。

逆に考えてみるとわかりやすいです。もしもアメリカの企業が日本語を流暢に話すことを採用や昇格の条件にしたらどうなるでしょうか?優秀な人材は激減し、国際的に競争するどころの騒ぎではないでしょう。それを日本はやっていっているのです。100メートル走で10キロの鉄球を足につけて走らされるようなものです。働きすぎだとかなんとか言われながらも、涙ぐましい程懸命に国際競争で負けないよう努力しています。

また、見方を変えれば、優秀な経済人や研究者の貴重な時間が言語の問題によって無駄に費やされているとも言えます。日本人が英語の勉強にコストを費やすということは、日本人が国際社会に適応するという目的の裏側で、余計な時間や労力をかけることで機会損失が発生しているというのが本質だと思われます。

本当に有効な国際化対策とは、言語の壁のために膨大なコストと機会損失を発生させることではなく、そのコストと機会損失を減少させることなのです。言語の壁を消滅させることができれば、理想です。従前からの日本の大問題である英語教育の必要性そのものが消滅します。言語の勉強や翻訳にかかるコストが消えます。そして、より重要なことは、各分野での優秀な人材が、世界において同じ土俵でその能力を発揮できるようになることです。日本の経済界や学界における生産性と国際競争力は様変わりすることでしょう。

それは日本に限らず、世界各国であてはまることです。各国で生産性があがるとともに、世界中のこれまで言語の壁で埋もれていた才能が活かされるになります。

また、言語の壁が消滅するということは、経済の発展だけではなく、異言語間の対話と相互理解が促進し、世界平和を促進することにもなると思われます。同じ言語を使ってもミスコミュニケーションや誤解が生じますが、言語が全く通じないことによるコミュニケーションの断絶の影響はさらに大きいと思われます。外国語で書かれたありとあらゆる情報をリアルタイムで母国語で見ることができる。インターネットのすべてのページが最初から母国語で見られる。外国語を習わなくても、誰でも外国人と会話もできる。自動翻訳の実現が世界に及ぼす影響は計りしれません。

電気を発見した。エンジンを発明した。空を飛べるようになった。そして言語の壁が消えた、というくらい、人類史を画する大きな出来事になると思われます。